ポーランド人の母とチェコ人の父を持つ、べルリンとトルコを拠点に活動するシンガー/プロデューサー/民族音楽研究家。サズと呼ばれる、主にトルコや中東諸国で使用される民族楽器の奏者。エレクトロニカから民族音楽まで、そのプロジェクトによって多彩な表情を見せる。また、その文化の研究者として、ベルリン在住の映画監督Stephan Talneauがプロデュースした2018年のドキュメンタリー映画『SAZ- the Key of Trust』に出演し高い評価を得ている。
ー音楽を始めたきっかけは?
5歳の時にウィーンで音楽教育を受け始めましたが、音楽とは何か、なぜ自分の人生を音楽に捧げる必要があるのかを理解したのは、ずっと後になってからです。その頃バイオリンとオーボエを演奏していましたが、実は歌を歌いたかった。そこで、バロックやルネサンスなどのクラシック音楽を歌い始め、その後、ブルガリアやポーランドなどの東欧の民謡を歌うようになりました。自分の原点を探しているようなものですね。そしてバグラマ(※サズ)に出会い、トルコの民謡を歌い始めてから、バグラマは私の中から消えることはありませんでした。私は歴史学者としての訓練を受けたので、その象徴的な意味、歴史、音楽的な美しさは、私の世界観に大きな影響を与えました。音楽を扱うとき、必然的に感情も扱うものです。感情は人間の状態だけでなく、社会的、政治的な状況からも生まれてくる。音楽には無限の相互関係があるのです。
ー初めて聴くリスナーにおすすめの一曲は?
ドキュメンタリー映画『SAZ-The Key of Trust』の劇中で歌ったトルコ人フォークシンガーNesimi Çimenの「Bağışla beni」のカバー。撮影中、トルクメン民族が使うドタールという楽器を買い、それでトルコの曲を弾きました。この曲は、遠く離れていること、愛する人のもとに行きたいが行けないこと、そして最後に許しを請うことを歌っています。「許してください、私は行けないのです……」と歌うたびに胸が張り裂けそうになります。
ーパラレルな音楽活動について。
複数のプロジェクトがあり、それら全てが私の色んな側面、異なるスタイルをカバーしています。Telli Turnalarという女性だけのアンサンブルでも演奏しているんですが、メンバー4人はパリを拠点に活動し、アナトリアの伝統的なレパートリーを演奏しています。Petra Nachtmanovaというソロプロジェクトでは、伝統的な音楽を演奏しながら、自分の言語を含む楽器をミックスし、より自分のスタイルに近い形で解釈しています。ベルリン在住のトルコ人の民族楽器奏者Ceyhun Kayaと同じく、ベルリンが拠点のDJ、Ipek Ipekciogluと一緒にエレクトロニクスプロジェクトKarmatürjiもやっています。最近ではアナトリア、コーカサス、東ヨーロッパの民謡を、サズとジョージアの民族楽器パンドゥリのためにミニマルなアレンジで、Ceyhun Kayaと一緒に演奏しているところです。
ーパラレルに活動できる理由は?
自分が満足のいく表現をするためには過負荷が必要で、失敗を減らそうとする度にそう思います。そういったアイデンティティを理念として生きているような気がします。
ー最新のシングルについて聞かせてください。
Karmatürjiの「Zevk-ü Sefa」。バンドの友人であるIpek IpekciogluとCeyhun Kayaと一緒に、約1000年前のカイロの宮殿にあった装飾品にインスパイアされて作曲しました。上流階級の人々がパーティーをしたり、お酒を飲んだり、音楽を奏でたりしている様子が描かれている装飾品ですね。
ー今はどのような音楽を作っていますか?
言語、特に母国語のポーランド語で実験しています。トルコ音楽、アレヴィ(※クルド人やトルコ人の一部に見られる少数派イスラム宗派)様式の音楽に、ポーランド語の歌詞を書き始めています。
ーどのような環境・機材で音楽を作りますか?
教会のような空間、音響の良い大きな部屋、そこで私は歌い、部屋と調和することができる。サズを演奏するときには外に出ます。でも一人でいるのが好き。一緒に音楽を演奏するのは好きでも、一人の時間は必要なんです。誰も信じてくれないのですが、実はシャイなんですよ。
ー最近、自分が変わったと思うことは?
パンデミックの現実と世界的な恐ろしい出来事で、より皮肉屋になりました。以前からそうですが、私たちはいい方向に進んでいないように感じます。音楽はセラピーでもあり、武器でもあり、深いレベルで意味を成す唯一のものです。
ー音楽を作るうえで大切にしていることは?
判断を下すことなく自由を感じなければなりません。判断とは外から来ることもありますが、ほとんどは内側から来るものです。乗馬のように自信や信頼が全てなんです。自信がないと馬はそれを感じて乗らせてくれません。音楽は、私にとって馬のようなものです。もしそれを抑え込みすぎてしまったら、流れに逆らって拒んでしまいます。
ー今後の活動・リリース予定は?
Kulturakademie Tarabya Artist Residency Programで、トルコのイスタンブールに半年間滞在しています。そこで新しい人脈を作り、自分の音楽に集中することができたのはとても幸運なことでした。また、家族も一緒に滞在させることができたので、2歳半の子供を持つ母親として、そのサポートがあったこともよかったです。次の大きなプロジェクトは、イスタンブールで行われるNazim Projesiのオーケストラに参加すること。詩人Nazim Hikmet(※トルコを代表する詩人。原爆文学を書くなど日本との縁も深い)についての大作です。
PHOTOGRAPHY : GÖSTA WELLMER