#019-Shabaka

#019-Shabaka

Instagram: @shabakahutchings

 

1984年、ロンドン生まれのマルチプレイヤー。その独特でパワフルなプレイから“UKジャズ界のキング”と評される。サックス/クラリネット奏者としてSons Of Kemet、Shabaka And The Ancestors、The Comet Is Comingの3つのプロジェクトを牽引。プロジェクトを跨いで『JazzFM』や『MOBO』の“Jazz Act Of The year”などの数々の賞を受賞している。最新作『美の恵み』ではフルート/クラリネット/尺八を演奏、客演としてCarlos Niño、André 3000、Floating Pointsなど豪華アーティストが集結している。

 




 

昨年のビルボード東京でのShabaka And The Ancestorsの来日公演には圧倒されました。だからこそあの日が最後の演奏だったのは悲しいです。

人生には悲しいこともあるけれど、それが必要な時もある。それにバンドが終わるからこそ起きた興味深い展開もあったんだ。Shabaka And The AncestorsSons of Kemetも、最後のライブは最上級の演奏だった。それは終わりに導いたからこそ起こり得たものなんだと思う。それに、これまでのバンドでの活動が僕がこれから何を演奏したいのかをハッキリさせてくれた。

 

―ソロ名義でのフルアルバムは今回が初ですよね。なぜこれほど時間がかかったのでしょうか?

全て計画の一部だったんだ。基本的な計画は、僕が40才になった時に最初のソロアルバムが出るように毎年それぞれのバンドのアルバムをリリースすることだった。今までずっと僕のエネルギーはバンドに向けられていたけど、今は自分の音楽を追求する精神的な余裕がある。これまでUKに住んでいたし、ルーツをUKに置いていたけど、この先は世界中を旅する自分に変わる。2024年はその節目の年でもあるよ。

 

―アルバムのコンセプトや伝えたいことはありますか?

コンセプトがあったというより、僕が表現したかったのはアトモスフィアだった。それは穏やかさや静けさ、内省のようなものなんだ。

 

―アルバムの前半はフルートやハープ主体のアンビエント的なサウンドですが、中盤からはパーカッションが導入されて雰囲気が変わります。このような流れは最初から意図していたのでしょうか?

いや、レコーディングの後だね。曲順は全部レコーディングしてからじゃないと決められないから。ただ、アルバムが描く“弧”のことをずっと考えていた。最初から最後までどう続いていくか、実際にどのようにアルバムが花開くかを考えるのに多くの時間を費やしたんだ。緊張がアルバムの最初から徐々に高まっていくことが重要で、そのピークは「Body To Inhabit」だ。そこで手拍子が入ってきて、聴き手の気持ちがシフトする流れを考えていた。

 

―このアルバムを聴くのに理想的な環境は何でしょうか?

自然の中を歩きながら聴くのが良いと思うよ。僕は今回みたいな静かなアルバムでも制作中は散歩したりジムに行ったりして、様々な環境で聴くようにしているんだ。それでも僕の注意を引きつけるなら良いアルバムってことだからね。

 

 

SHABAKAさんがサックスを辞めてフルートや尺八に専念するようになったのも重要なポイントです。特に尺八へのこだわりは強く、福岡に行って竹を切って尺八を自作する映像をInstagramに上げていましたよね。今演奏している尺八は、実際に日本で購入したものだと聞きました。尺八をジャズに取り入れるのは珍しいアプローチだと思います。尺八と出合ったきっかけを教えてください。

尺八の演奏家に感動して……と言いたいところだけど、そうではないんだ。楽器自体が僕を尺八の世界に引き寄せたんだ。演奏するの竹が完全に共鳴する感覚。一本の竹でしかないのに、その竹が音を反響させてあんな音を出す。吹いてるはすごく気持ちよくて中毒性があるんだ。竹に空気を送り込み、エネルギーを送り込むことによって音を鳴らすっていう、そのこと自体に惹かれる。

 

―実際に尺八を演奏できるようになるまでにどれくらいかかりましたか?

今も尺八を演奏できているかは疑問だけど、頭の中で想像する一貫した音が出せるまでに約1年かかったよ。演奏が快適に感じられるまでに約2年かかった。その段階でようやく他のミュージシャンと一緒にステージで演奏できるレベルになった。1年で音を出せるようになり、2年以上で即興演奏をするようになったってところだね。

 

―尺八の難しさは何ですか?

口を静かに保つことがとにかく難しい。尺八はサックスよりも筋肉が必要なんだ。エネルギッシュに空気の流れを生み出しながら静かに保つためには筋肉が必要。それは毎日長い音を吹くことでしか身につかない。尺八は単純に見えても複雑な楽器なんだ。出せる音の範囲はほぼ無限だと言っていい。

 

―このアルバムでは尺八、クラリネット、フルートを使用していますが、その都度どの楽器を演奏するかはどのように選びましたか?

実際には、各セッションで色々な楽器を使って録音したんだ。その中で僕にとって印象的で心地良いテイクを最終的に選んだ。どの音楽がどの音楽に続くか、そのシーケンスも重要だった。だから僕が選んだ楽器は音楽や物語に従って選ばれたもので、楽器から始まったわけではないんだ。

  

―レコーディングの、多くのミュージシャンとどうやって共有しましたか? 楽譜やスコアを実際に書いて、それに沿って演奏したのですか?

まず僕はアトモスフィアをつくり出すことを目指した。ほとんどの音楽はフルートのメロディックな要素によって曲の大きな方向性が導かれた。最も重要だったのは僕たちが一緒に相互に通じ合う方法を見つけることだった。音楽はそういった関係性の中から飛び出してきた。

 

―アトモスフィアとは、あなた自身の経験から来たものですか? それともあなたの頭の中にあるものですか?

具体的に何だったのかというと、それは単に僕が楽しんだものだったってことになるかな。ただ、アトモスフィアをつくるのは簡単ではない。僕はミュージシャンたちに「リミナルな空間で演奏してほしい」と伝えた。“リミナル”とは、イントロやアウトロのような、音楽のメインイベントに進む可能性がまだ提示されていない、これから何かが起きるという緊張感と期待感があるような演奏に留まり続けるということだ。それはつまり、全て直感的なものなんだ。そんなに僕が心地いと感じる感情や音楽的な感覚、あるいは僕が想像したものを表現する方法を見つけるために、あるアイデアをジャムっているところを聴いたりして、その都度それが僕の望むものだとか、そうじゃないとかを伝える作業を重ねた。そうやって、最終的にどんなアトモスフィアになるかが決まる。試行錯誤しながら、それがどう成長していくかを見て決めていくんだ。

 

制作中によく聴いたアルバムはありますか?

直接アルバムを制作している間は聴いていないけど、僕にとって非常に重要ないくつかのアルバムがある。Björkの『Vespertine』やJoanna Newsomの 『YS』だね。リスナーがアルバムから感じる繊細さや開放感とのバランスの取り方には影響を受けたと思う。

 

 

―「Kiss Me Before I Forget」では、Lianne La Havasが鼻歌のような歌声で参加しています。これはどのような経緯でこうなったのでしょうか? 少し不思議な感じがします。

まず、彼女との歌のパートと演奏部分は別々に録音したんだ。彼女とスタジオを借りて、録音した楽曲との関わり方を見つけようと色んな技法を試したんだ。ある時点で彼女に指示を与えたんだ。新しいメロディを思い出すように歌ってほしいと伝えた。遠くの何かを思い出しながら口ずさんでいるような感覚。モヤモヤした感じ、抑圧された感じが欲しかったんだ。そこで僕はBjörk主演の映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のシーンを参照したんだ。Björkが「My Favorite Things」を歌う場面の、希望だけでなく絶望もある感じ。それが僕が彼女に望んだ雰囲気と歌唱スタイルだね。

 

―他にもたくさんのゲストやミュージシャンが参加しています。この人たちはどのようにしてアルバムに参加することになったのでしょうか?

アルバムに参加したのは僕が知っている人、以前に会ったことがある人、または以前に演奏したことがある人だけだ。音楽的に合うと思う人たち全員に連絡したよ。僕が知らない人は入ってない。例えば、Floating Pointsとは長い付き合いなんだ。10年くらい前に彼のアルバム『Elaenia』のツアーにバンドで参加した頃からね。ロンドンのシーンを通じて何年も一緒にやっている。だから、彼に電話してプロデュースに参加しないかって誘ったのは自然な流れだった。

 

André 3000がアルバムに参加していると言われていますが、手元のクレジットからは具体的にどの曲に参加したのかがわかりません。彼が演奏した曲はどれですか?

Eat On」と「I'll Do Whatever You Want」だよ。

 

Andréとの出会いについて聴かせてください。

Carlos Niñoの紹介で知り合って、スタジオ・セッションに招待してもらったんだ。Andréの昨年のアルバム『New Blue Sun』のセッションのうち2回にね。それからずっと連絡を取り合ってフルートのことをたくさん話したよ。そして、もし僕が望むなら、彼は僕のアルバムで演奏するよと言ってくれたんだ。

 

―そういえば、9曲目の「Breathing」ではサックスが聴こえます。あの音色はあなたが吹いたようにしか聴こえないんですが

そう。録音期間はまだサックスを演奏している時期だったから、みんなに過去の思い出を少し与えるのがいと思ったんだ。だからあれはサックスの幽霊だね。もう手に入れることができないものをみんなにプレゼントする感じだよ。

 

PHOTOGRAPHY:ATIBAPHOTO
INTERVIEW:SHUNICHI MOCOMI

*このインタビューは2024年6月17日に発売されたVI/NYL #019のために実施されました。
*写真は全てアーティストからの提供です。